「フットサル」という名前だけで、本当に届けたい子どもたちを遠ざけていたのかもしれない
前回のブログでは、20年間Sfidaを続ける中で、保護者の皆さんからいただいた言葉についてお話ししました。
「挨拶が自然にできるようになった。」
「自分の意見を言えるようになった。」
「友達を思いやれるようになった。」
私はフットサルを教えているつもりでした。
でも、保護者の皆さんが喜んでくださるのは、フットサルの技術ではなく、子どもの心の成長でした。
そのことに気付いたとき、とてもうれしく思いました。
しかし同時に、ある疑問が少しずつ大きくなっていったのです。
本当に、この子たちだけでいいのだろうか
20年間、たくさんの子どもたちと出会いました。
元気いっぱいの子。
運動が大好きな子。
人見知りの子。
最初は泣いて、お母さんから離れられなかった子。
どの子も、それぞれのペースで成長していきました。
でも、活動を続ける中で、私はふと考えるようになりました。
本当に私が支えたい子どもたちと出会えているのだろうか。
そんな思いが、少しずつ大きくなっていったのです。
「フットサルスクール」という名前の壁
Sfidaは、フットサルスクールです。
でも、実際のレッスンでは、フットサルだけを教えているわけではありません。
幼児クラスでは、走る、跳ぶ、転がる、投げるなど、さまざまな動きを遊びの中へ取り入れています。
運動が苦手な子でも楽しめるように、ボール遊びや鬼ごっこ、体を動かすゲームなどもたくさん行っています。
それでも、
「フットサルスクール」
という名前を見た瞬間に、
「サッカーが好きな子が行くところ。」
「運動が得意じゃないと無理。」
「うちの子には関係ない。」
そんなふうに思われてしまうことがあります。
私は、そのことがずっと気になっていました。
本当は、そんな子にこそ来てほしい
私が会いたかったのは、
サッカー経験のある子だけではありません。
運動が苦手な子。
人前へ出るのが苦手な子。
新しい場所が苦手な子。
学校へ行きづらくなってしまった子。
障がいがあって、参加できる場所を探している子。
そういう子どもたちにも、
「ここなら大丈夫。」
と思える場所を作りたかったのです。
実際にSfidaには、最初は泣いて参加できなかった子もいます。
体験中、お母さんの後ろから動けなかった子もいます。
でも、その子たちは少しずつ環境に慣れ、お友達と笑顔で走り回るようになります。
私は、その姿を何度も見てきました。
だからこそ思うのです。
本当に必要としている子ほど、最初の一歩を踏み出せずにいるのではないか。
スポーツが目的ではありません
私は20年間、フットサルを教えてきました。
でも、本当に届けたかったものは、フットサルではありませんでした。
体を動かす楽しさ。
仲間と笑い合う時間。
「できた。」
という小さな成功体験。
誰かに認めてもらえる安心感。
失敗しても、
「大丈夫。」
と言ってもらえる環境。
それらは、フットサルだから生まれるものではありません。
スポーツや遊び、人との関わりの中で育っていくものだと思っています。
子どもだけではありませんでした
考えれば考えるほど、
私が支えたいのは子どもだけではないことにも気付きました。
仕事や子育てで忙しく、自分の時間が取れないお父さん、お母さん。
地域とのつながりが少なくなった大人。
外へ出る機会が減ってしまった高齢者。
運動不足を感じながらも、何を始めればいいか分からない人。
スポーツを楽しみたい気持ちはあっても、きっかけがない人。
そんな方たちにも、
気軽に来られる場所が必要なのではないか。
そう思うようになりました。
「スポーツをする場所」ではなく、「人とつながる場所」
スポーツには、不思議な力があります。
一緒に体を動かすだけで会話が生まれます。
初めて会った人とも笑い合えます。
年齢も関係ありません。
職業も関係ありません。
一緒に遊んでいるうちに、
自然と仲間になります。
私は20年間、その力を見続けてきました。
だからこそ、
スポーツは技術を競うためだけのものではない。
人と人をつなぐものだと、強く感じています。
私は、新しい挑戦を決めました
フットサルという名前では届かない人がいる。
でも、私が届けたいものはフットサルではなく、
「人が人とつながる場所」
でした。
それなら、
もっと多くの人が集まれる場所を作ろう。
子どもだけではなく、
大人も、
高齢者も、
障がいのある方も、
誰でも来られる場所を作ろう。
そう考えたことが、
私の新しい挑戦の始まりでした。
次回、ここいく浜松が誕生した理由をお話しします
こうして私は、新しいクラブを立ち上げる決意をしました。
その名前は、
「ここいく浜松」
です。
なぜ、その名前にしたのか。
どんな地域を目指しているのか。
そして、私が本当に作りたかったものは何だったのか。
最終回で、その想いをお話ししたいと思います。
次回予告
第4話(最終回)
私が本当に作りたかったのは、スポーツクラブではなく「地域の居場所」でした。
20年間の想いが形になった「ここいく浜松」。
その名前に込めた願いと、これから目指していきたい地域の姿についてお話しします。


